大阪高等裁判所 昭和41年(ラ)248号 決定 1967年3月03日
抗告人 永田隆敏
<ほか一名>
主文
原決定を取り消す。
抗告人永田隆敏を第一の事実について過料金千円に処する。
抗告人和田英造を第一及び第四の事実について各過料金千円に処する。
抗告費用および前審手続費用は抗告人らの負担とする。
理由
一、抗告の趣旨及び理由は別紙記載のとおりである。
二、当裁判所の判断
(一) 本件の経過と事実
記録によれば本件の経過及び事実は次のとおりである。
原告(反訴被告以下原告と略称)山本重義被告(反訴原告以下被告と略称)柿谷一義間の大阪地方裁判所第五四民事部係属中の同庁昭和四〇(ワ)年第一五四三号約束手形等返還請求昭和四〇年(ワ)第二六九二号反訴請求事件について被告から証人として抗告人らの尋問申出があり、原裁判所はこれを容れた。その後の原決定に至るまでの期日と呼出しならびに抗告人らの出頭状況は次のとおりである。
第一の事実
抗告人らは昭和四一年二月一一日午後一時の第五回口頭弁論期日に証人として出頭すべき旨の証人呼出状を各郵便送達の方法で送達を受けたのにかかわらず、抗告人らは右期日にいずれも出頭しなかった。
第二の事実
抗告人らは昭和四一年五月二〇日午後一時の第六回口頭弁論期日に前同様の方法で適式の呼出を受けながら、抗告人和田は全然出頭せず、抗告人永田は後刻出頭して次回同年九月九日午後一時の口頭弁論期日に証人として出頭すべき旨を係書記官から告知を受けた。
第三の事実
右第六回口頭弁論期日に担当裁判官は同年七月四日午後二時和解勧告をする旨を告げ、右和解期日には抗告人永田も利害関係人として呼び出され当事者間に和解が試みられたが同年八月二二日午後三時に続行となり、同期日には被告のみ出頭、次回和解期日は追って指定されることになった。
第四の事実
昭和四一年九月九日午後一時の第七回口頭弁論期日には証人として告知呼出を受けた抗告人永田も、昭和四一年五月二五日再び証人として郵便送達の方法で呼出を受けた抗告人和田もともに出頭しなかった。
(二) 原裁判所の判断
そこで原裁判所は同日付をもって、抗告人両名は、この事件について右第五回と第七回の各口頭弁論期日に証人として出頭しなければならない旨の適式な呼出を受けたのにかかわらず、正当の事由なく出頭しなかったとしてすなわち前記第一の事実と第四の事実を併せ民訴二七七条を適用して抗告人両名を各過料二千円に処する旨を決定し、右決定は抗告人らにそれぞれ同年一〇月一日送達された。
(三) 抗告人らの主張について、ならびに不出頭の正当事由の有無について
これについて抗告人らは、抗告理由記載の理由があって出頭しなかったと主張してその取消しを求める。
まず抗告人らは、原被告双方から「こういってくれ」「ああいってくれ」と証言内容の指示ないし依頼があり、一方の依頼どおり証言すれば他方に不利益で、正に忠ならんと欲すれば孝ならず、というディレンマに陥っており、また被告(註、答弁書によれば、被告は東亜秘密探偵社の名称で一般調査と債権債務の整理を業とする)が調査知得した抗告人の信用状態等に関する機密を漏泄される好ましくない事情が発生するおそれなしとしないし、出頭して真実を述べると原告被告のいずれかの感情を傷つけ後日抗告人と原告との間の債務の処理解決がつけ難くなることを考慮し出廷しない方が好ましいと考えたからであるという。
しかしながら、およそ証人は、持定の訴訟において過去の事実や状態について自己の経験によって認識したところを裁判所の命令によって供述する第三者である。裁判所は、別段の規定がある場合を除いてなんぴとといえども証人として尋問することができるとした民訴二七一条は、日本の裁判権に服する一般人に証人として出頭し証言する義務あることを定言しているのであって、この証言義務は、証人を申請した当事者もしくは特殊の地位や利害関係のある者に対する私法上の義務ではなく、公法上の国家に対する義務である。証人として呼出しを受けた者がその主観的判断や効悪の角度自己の利害の視点から、この証言義務を回避することを許すとすれば、公正な裁判の基礎となる証拠資料を失うこととなり、消極的に事実の認定判断を誤まらせ、紛争の解決を誤判に導びく危険なしとせず、その危険性は、証人が良心に従って真実を陳述すべき義務に違背する偽証の危険性と大差はないといっても過言ではないであろう(昭和二三年の改正で民訴二七七条ノ二の規定が設けられ、証人の不出頭に対する制裁及び証言拒絶に対する制裁として、秩序罰たる過料だけでは不十分であるとして、純粋の刑罰としての罰金又は拘留に処することができることとされたのも故なしとしない)。民事裁判において証人の出頭率の低率であることが久しく憂えられ、証人の出頭確保は常に古くて新しい今日的課題の一つである。事件の当事者双方に抗告人らの指摘するような言動があるとすれば、その許されないことはいうまでもなく、これを訴える抗告人の立場と心底は理解されなくもないのであるが、事実が抗告人らの主張するとおりであるとしても、それはとうてい不出頭の正当事由たりえないことはすでに明らかであろう。抗告人らには、当事者双方にではなく、真実のみに忠であれ、真実を述べるに勇気を持てと強く望まねばならない。それは決して抗告人らに難きを強いるものではない。真実ほど強いものはこの世にない。真実が述べられることこそ、当事者双方を救い抗告人ら自らを救う唯一の道であることを悟るべきである。
次に抗告人永田隆敏は昭和四一年七月には抗告人を交えての和解の勧告がなされたが、出廷すれば抗告人は和解の場にひき入れられ、会社の債務(註、訴状によれば、本件訴訟の目的たる約束手形二三通のうち二〇通は株式会社永田燃料店代表取締役永田司郎振出のもの、三通は抗告人永田隆敏個人振出のもの)を個人の資格で負担する破目にならざるをえないから和解の勧告を避けるためには不出頭はやむをえないという。
さきにみた第三の事実のとおり抗告人永田隆敏を利害関係人として加え、昭和四一年七月四日午後三時当事者双方に和解の勧告がなされている。しかしながら右期日及び続行された昭和四一年八月三日午後三時の和解期日は、口頭弁論期日とは全然別個に定められているのである。のみならず抗告人永田隆敏が当事者間の紛争解決のために右和解に参加し、会社債務を個人の資格で負担するがごとき和解をすると否とは全く抗告人永田隆敏の自由な判断に委ねられており、よし、そのような勧告がなされたとしても、徳義上はともかく、納得の行かないかぎりそれを法律上強制されることのないことは、事の性質上極めて当然のことでしかないのである。訴訟と併行して中途和解が試みられたことを理由とする抗告人永田隆敏の右主張は失当である。
次に抗告人永田隆敏は、昭和四一年七月には出廷義務を果たしておるのに過料に処せられるのは心外であるという。しかしながら、さきにみたとおり、抗告人永田隆敏は昭和四一年五月四日午後一時の口頭弁論期日には不出頭、ただし後刻出頭であり、また同抗告人が出廷したというのは昭和四一年七月四日午後三時の和解期日のことである。そして原決定が過料罰の対象としたのは、前記第二及び第三の事実ではないのであるから、抗告人永田隆敏のいう出廷は全く無縁のことであり、右主張は全然あたらない。
その他記録を精査しても、抗告人らは証人として呼出しを受けながら出頭しないことについて正当の事由のあることを認めることはできない(ただし抗告人永田隆敏の第四の事実については後記のとおり)。
(四) 職権による原決定の取消
職権をもって判断するに、前記第一の抗告人両名に対する口頭弁論期日の呼出しは各郵便送達の方法で呼出状を送達しているから適式である。又前記第四の抗告人和田英造に対する呼出しも同じく適式である。しかしながら、抗告人永田隆敏に対する同期日の呼出しは適式になされていない。同抗告人には第二の事実記載のとおり、第六回口頭弁論期日に後刻出頭した際に係書記官から第七回の口頭弁論期日の告知を受けたのみで、その他に同抗告人に右期日の告知、証人呼出状の送達のあったことを認むべき資料は本件記録には存しない。証人を期日に呼出すには、呼出状を証人に送達してしなければならない(民訴二七六条、一五四条本文一六三条、一六四条)。ただし当該事件について出頭した証人に対しては、期日を告知するだけでよいから(民訴一五四条但書)、当該口頭弁論期日に出頭した証人に対し、裁判長から次回期日を告知し、書記官がその旨を調書に明記すれば足りる。当該期日には不出頭、期日終了後出頭した当事者、証人その他の訴訟関係人に対し、係裁判所書記官から次回期日の告知をなしこれを当該口頭弁論期日の調書の末尾に記載する慣行が行なわれており、この慣行は、それなりに意義と効用を有する(右告知に応じて次回期日に当事者、証人等が出頭すれば目的は達せられたのであるし、当事者の場合は責問権の喪失によりそのかしは治癒される)。しかし右慣行による証人に対する期日の告知は法の定める正規の送達でもなければ法の認める別段の規定がある場合でもないから、これをもって適式の証人呼出しがあったとすることはできない。
そうすると、抗告人永田隆敏に対しては、第七回口頭弁論期日に証人としての出頭すべき旨の適式の呼出しはなかったのであるから、同期日に出頭しなかったとしてこれを理由に過料に処することはできない。これを看過した原決定は抗告人永田隆敏関係においてはこの点で取消を免れない。
次に、原決定は、抗告人和田英造を第一と第四の事実について各事実別にせず、両事実を併せて過料金二千円に処している。証人の出頭義務違反に対する過料の制裁については併合して一個の過料を科すべき旨の規定は存しないし、出頭義務違反に対する秩序罰たる過料の性質からすれば、一個の義務違反を構成する事実について個別に過料に処すべきである。これを看過して抗告人和田英造を過料に処した原決定は取消を免れない。
(四) 結論
よって抗告人両名に対する原決定を取り消したうえ、諸般の事情を考慮し、民訴第二七七条により、抗告人永田隆敏を第一の事実について過料金千円に処し、抗告人和田英造を第一及第四の事実について各過料金千円に処するのを相当と認め、費用の負担について、民事訴訟法第九六条、非訟事件手続法第二〇七条第四項第五項を適用して主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 平峯隆 裁判官 中島一郎 阪井昱朗)
<以下省略>